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アンティークと西洋美術の用語解説集

 

 

クリスタル・ガラス

クリスタルガラス

Crystal Glass, Lead Crystal Glass

透明度と輝きが強いガラス。通常、鉛クリスタルLead Crystalのこと。透明度と輝きではカリ・ガラスも優れているがこちらは硬いので加工が難しい。対して鉛クリスタルは柔らかいのでカット装飾が可能。発明者はレイブンスクロフトという17世紀イギリスの人。18世紀にはイギリスの高い税金を逃れるためアイルランドに工場を移転するメーカーが相次いだ。その中のひとつがウォーターフォード。現代のクリスタルガラスは無色透明だが、古いものは不純物(各種の金属)が含まれていて微妙な色合いがある。18世紀〜19世紀のイギリスのものはピンクがかったグレーの色合い。 

 

虹彩(こうさい)ガラス

虹彩ガラス

Iridescent Glass

表面に虹色の光沢を施したガラス。仕上げ工程で窯の中に金属粉を投入しガス化させてガラス表面に膜を作る。金属の配合や温度管理、下地処理などにより様々な紋様が出来上がる。意図した通りの結果を得るには高度な技術と熟練が必要。有名なメーカーはティファニー・スタジオ、レッツ・ヴィトヴェなどがある。19世紀末から20世紀初めに流行した。型ガラスに応用した廉価版はカーニヴァル・ガラスと呼ばれる。

 

ティーボウル

ティーボウル

Tea Bowl

取っ手のない紅茶用カップ。原型は中国からの輸入品。マイセンで磁器が開発されるまでは磁器とは中国(または日本)からもたらされる宝物だった。そのため初期の西洋磁器は中国風、日本風が多い。熱い茶碗を持ちやすくするため西洋人は取っ手を付けることを発明した。しかし東洋への憧れは根強く、こと紅茶に関しては中国風の取っ手のないティーボウルが好まれた。この傾向は特にイギリスで長続きし、19世紀初めまでティーボウルが作られ続けた。またボウルのサイズは時代により異なる。紅茶が非常に高価であった18世紀後半まではとても小さなものが作られた。18世紀末に紅茶の価格が劇的に安くなるとともにティーボウルは大きくなった。ソーサーは真ん中に窪みがないのが特徴。

 

ブルー・アンド・ホワイト

ブルー&ホワイト

Blue & White

青い絵柄で彩色した陶磁器の総称が本来であるが、慣習として特に硬質陶器のものをこの名前で呼ぶ。コバルトなどの顔料を用いて転写による絵付けが一般的。磁器の場合は染付け、青花などと日本で呼ぶものと同じ。アンダーグレーズで耐久性に優れ実用に向くことから19世紀の英国〜欧州各国で大量に作られ様々な図柄がある。アンティークの中でも人気が高い分野のひとつ。

 

ボーンチャイナ

 

Bone China

 

イギリス独自の陶磁器。成分に骨灰Bone Ashを含む。1799年頃にジョサイア・スポード二世(Spode-Copelandの二代目)により完成された。以来イギリス陶磁器の代表格となった。いちおう磁器Porcelainに分類されるが硬質磁器(真正磁器)とは異なる。水を通さず、透光性があり、表面は硬く光沢があるという特徴は硬質磁器と同じだが、色はより温かみがある乳白色。釉薬と上絵付けの馴染みが良く図柄が釉薬の中に「沈んで」見える(硬質磁器は図柄が釉薬の上に「浮いて」見える)。ボーンチャイナの組成は窯により若干異なるが、ロイヤルウースターを例に取ると陶土(カオリン)25%長石25%骨灰50%(ロイヤルウースター社資料より)。

 

硬質磁器(真正磁器)

 

Hard Paste Porcelain(True Porcelain)

 

西洋で磁器が作られるのは1720年頃マイセン以来で、それ以前は中国、日本からの輸入に頼っていた(成分にカオリンが必要であることが長い間解明されなかった)。マイセンの技術は先ずウィーンへその後ヨーロッパ各地へ伝播し18世紀末頃には(イギリスを除く)各国が王立磁器工場を持つに至った。硬質磁器の特徴は、水を通さず、透光性があり、表面は硬く光沢がある。そして色は灰色ないし青みがかった乳白。図柄が釉薬の上に「浮いて」見える。現代の耐熱硬質磁器は陶土50%長石25%石英25%である(ロイヤルウースター社資料より)。

 

軟質磁器

 

Soft Paste Porcelain

 

西洋で硬質磁器が作られるようになるまで様々な試みがなされた。その過程の産物が軟質磁器(模造磁器Hybrid Porcelain)である。大まかにイギリス系とフランス系がある。イギリス系は18世紀半ばチェルシーに始まりボウ、ダービー、ウースターほか諸窯に至る。(ボーンチャイナも軟質磁器の延長上にあるといえる。)フランス系は18世紀初サンクルー、シャンティイーからヴァンセンヌそしてセーブルに至る。硬質磁器との違いは透光性に劣る、素地のキメが荒い、素地と釉薬の融合度合が低いことなど。このことから(特にイギリスのものの場合)糸底の素地の様子、糸底周辺の釉薬の溜まりの有無から軟質磁器であることが判定出来る。成分は窯によって様々だが共通するのは陶土カオリンを含んでいないこと。

 

ジャポニズム

 

Japonisme

 

19世紀後半のヨーロッパでは諸外国の文化工芸を紹介する博覧会が流行しました。第1回はロンドンで1851に開催されました。そして第2回ロンドン万博1862、第2回パリ万博1867、ウィーン万博1873には、幕末の日本から薩摩藩、佐賀藩(ウィーン万博1873には日本政府も)の陶磁器、漆器、金属工芸などが出品され、日本の美術工芸品が流行の最先端になりました。この動きをジャポニズムとよびます。後にアールヌーボーを産む大きなきっかけとなったことは有名です。

このため19世紀後半のイギリスの陶磁器業界では日本の美術工芸品の雰囲気を真似た製品が作られました。特にロイヤルウースターとクラウンダービーは有名です。薩摩焼を真似た象牙色の地色に金彩を施し、漆器の蒔絵を真似て金銀彩や青金・赤金の盛り上げを施した陶磁器が作られました。

ジャポニズム以前にも日本の美術工芸が流行したことはあります。17世紀末〜18世紀には柿右衛門、漆器とそれを模した黒塗りの家具、19世紀には金襴の献上伊万里が流行しました。ただし当時は中国と日本の区別が無く、総じてシノワズリ(中国趣味)と呼ばれていました。19世紀のジャポニズムは中国とはっきり区別して日本の文化が認識されたものです。